|
リンク
ライフログ
検索
カテゴリ
ネームカード
ブログパーツ
以前の記事
ファン
|
2012年 01月 03日
12月はとにかく雨が多かったシンガポール。新年を迎えるちょっと前からようやく天気が安定してきた。まだ雨期なのだけれど、晴れると案外からっとしている。そして、それほど暑くはならない。木陰で一日中読書でもしていたい、そんな気持ちのよい季節。
が、お正月をのんびりと過ごすためには、年末の仕込みが必要。涼しいといってもお節をまとめて作る気候ではないので、そこはもう割り切るしかない。今年は、年に1回くらい作らないと忘れてしまいそうな料理を毎日ちょっとずつ作ってみることにした。きのうは黒豆、今日はお雑煮、明日は伊達巻・・という具合。なんだか「練習」みたいだな。 ![]() 元旦の夕食は、夫の実家に倣って2年続けて手巻き寿司にしていたけれど、今年はちょっと趣向を変えて太巻きと葱鮪鍋という取り合わせに。うん、なかなかいい。太巻きは、こちらに来てからよく作るようになり、かなり手早く巻けるになった。が・・慢心はよくないな。今日は巻きが緩すぎて切りにくい。中身はかなりシンプルで、味をしっかりつけるのはかんぴょうと椎茸だけ(しかも今回は干し椎茸を切らしてしまって入れていない)。酢飯の合わせ酢は、赤ワインビネガーと塩できりっと仕上げるのが最近のお気に入り。ごはんが真っ白ではなくてほんのりピンク色になるけれど、気にしない。 何はともあれ、2012年もどうぞよろしくお願いいたします。 2011年 12月 29日
今年は、料理をあまり作らない年だった。ブログを頻繁に更新しなかったのも、たぶんそのせい。「食」に気持ちが行かなかった理由はいろいろだけれど、ひとつ考えられるのは、料理ゴコロをくすぐる食材との出合いが少なかったからだと思う。
もちろん、食材に多少難があったって、工夫次第でおいしい料理は作れる、とは思う。でも、そのためには、かなり「がんばる」必要がある。なんとなく手間ひまかけて料理を作る気になれなかったのだな、今年は。まあ、まじめにだいどころに立たない分、他のことで忙しくも充実していたわけなので、それはそれでよしとする。 そんな年の暮れの、うれしい出来事。 ![]() なんと、シンガポールに日本のお米屋さんができた。届いたお米は新米、そして精米日は前日。「割れ米が多いと、しゃもじに飯粒がつく」と、夏の帰国時に友人に連れられて行った和食やさんに教えてもらったばかりだが、なるほどこのお米、炊いたばかりならしゃもじが全くべたつかない。扱いは、北海道の「ゆめぴりか」と「ななつぼし」のみ。私が気に入ったのはななつぼしのほうだ。冷めてもおいしい。甘いけれども、甘すぎない。比較的あっさりしているので、南国の気候にも合う。そして、後ろめたい気持ちにならずに済む価格設定(日本で食べていたお米の値段とほとんど変わらない!)。分づきも選べるし、生ぬかもおまけにつけてくれるといううれしいサービスも。 そしてもうひとつ。メゾン・ド・カイザーがやってきた。来星した3年前に比べれば、おいしいパンやさんはずいぶん増えたけれど、それでも求めているものとはやっぱりどこかが違う・・・ということを、ここのパンを食べて実感。もうすぐPAULも上陸、楽しくなりそうだ。 一口目に「うまい!」と思えるものは、シンガポールにあふれているけれど、家で毎日食べたいのは、スッキリとした後味を持つ料理。穀類好きの私、この米とパンの登場にかなり気持ちが盛り上がっている。来年は、きっと今年よりおいしい料理が作れる・・はず。 2011年 09月 23日
先月、ペナンの本橋先生が来星。アジア文明博物館で開催されている兵馬俑展に行き、秦の始皇帝の健康おたくっぷりを語り合う(というよりあれこれ教えてもらう)。楽しすぎる!
始皇帝は、とにかく長生きがしたかった。というより、ずっと生きていたかった。だから、方士と呼ばれる人たちに不老不死の薬を探させたり、朝露を集めて飲むという健康法にはまったり。けれども、その努力の甲斐なく50歳で命尽きる。仙薬のひとつとして服用していた水銀が始皇帝の命を縮めたとか、熱病にかかったとか、いろいろな説があるようだけれど、本当のところは分かっていない。地方への巡幸のさなかというから、もしかすると過労による突然死?などと思ってみたりする。始皇帝はまだ驪山のふもとに眠っている。そのお墓がいつか掘り返されることがあれば、死因が分かる日がくるかもしれない。 ふと、2200年前の食生活に思いを馳せる。始皇帝は、毎日どんなものを食べていたのだろう? 副葬品は兵や馬だけではなく、お魚をくわえた水鳥だとか、エンターテイナーの俑などもあるのに、豪奢な宴を思わせる副葬品はまったくない。始皇帝は食べることにはあまり興味がなかったとみえる。とはいえ、毎日何かしら食べてはいたはず。なぜ、そんなことを考えたかというと・・ ![]() にんにく、である。「蒜頭壺」なる、にんにく型の青銅器の壺があるのだ。あれ?にんにくって漢の時代にシルクロードを通って西から伝わってきたんじゃなかったっけ? かなり本筋から離れていると思いつつ、ちょこっと調べてみる。分球していない小蒜(ノビルのようなものだろうか)は中国に自生していたようだが、分球形のにんにく(大蒜)はやはり漢の時代に中国にもたらされた様子。とすると、これはにんにくに似て非なるもの??それとも、秦は比較的西のほうの民族だから、中国に本格的ににんにくがやってくる前に、それこそ「元気になる食べもの」として重宝されていたのだろうか……。にんにくは謎のままだが、今回の展示で分かったことがひとつ。始皇帝は、中華鍋で炒めたような料理は食べていなかった、ということ。秦の時代はちょうど青銅器から鉄へと変わる時代。鉄はまだまだ貴重品で、金と同じくらい高値で取引されていたという。今私たちが思い浮かべる「中華料理」とは、ずいぶん違うものを食べていたのだろうなあ。 ▼兵馬俑展 ※10月16日まで 場所 :アジア文明博物館2F特別展示場(1 Empress Place) ※ラッフルズプレイスの駅から徒歩5分。 日本語ガイド :火~金の13:00~(10月14日まで) ただいま、フラトンホテルとのこんなコラボも。「兵馬俑展開催中、アジア文明博物館のチケット購入レシートで、フラトンホテルのレストランが20%OFF」。これはかなりお得。 2011年 08月 10日
一時帰国中、会津の親戚を訪ねた。磐越西線に揺られながら見る田園風景は、神々しいまでに美しい。おいしいそば、とれたての柔らかなとうもろこし。心がぽっと温かくなる会津弁、虫とたわむれる子どもたち……。愛する土地とともに暮らす人たちは、どうしてこんなに強くてやさしいんだろう。
東京に住んでいたころ、亡くなった会津のおじがいつも桃を送ってくれていた。「かたいうちにどんどん食べて」と言われ、桃は柔らかいものと思っていた私はびっくり。齧るとカリッと音がするほどなのに、とても甘い。柔らかい桃とはまた別のみずみずしさがあり、一度食べたらやみつきになるおいしさ。 秋になると、今度は焼酎で渋抜きした「見知らず柿」が届く。この柿のおいしさも格別だ。そして、お米。家のすぐ近くの田んぼでとれた、特別おいしいお米を送ってくれるので、おかわりが止まらなくて困ったっけ。寒くなると、今度はリンゴ。蜜がたっぷり、でも酸味もちゃんとある、大好きな大好きな会津のリンゴ。 結婚してから、どれだけ会津の食べものに世話になってきたことだろう。食材だけではなくて、会津料理も義母にたくさん教わった。ぜんまいの煮物、小づゆ、芋煮、おまんじゅうのてんぷら。菊花の酢の物、青菜のくるみ和え、ほそたけのみそ汁。三五八漬けも忘れちゃいけない。 ![]() 同じきゅうりの漬物でも、ぬか漬けはキリリとした味わい、三五八漬けはまあるくてたおやかな味。どちらも甲乙つけがたい。麹で米を発酵させて床にするなんて、米どころならではの漬物だ。 どうか会津のお米が、今年も無事収穫できますように。 2011年 06月 11日
7年前に書いた妊娠・出産+中医学の本、「妊婦は太っちゃいけないの?」が、6月に新潮文庫入り。今回の表紙はこんな感じ。
![]() 基本的な構成は単行本と同じだが、妊娠高血圧症候群や妊娠中の体重増加についての考え方など、2004年以降に新しくなった情報に関して加筆・修正している。じっさい、このあたり(特に体重)は妊娠・出産をとりまく事情として、かなり大きな変化だと思う。 書き手である私も、この7年でずいぶん考え方が変わった。元原稿をじっくり読み返し、ちょっと息苦しいなあと思うところ、いやこれは違うでしょ、と思うところは大きく修正したつもり。それでも、本筋にさして影響がないのは、何千年もの間に積み重ねられた知恵がベースになっているからだろう。 文庫版あとがきにも書いたけれど、妊娠・出産は自然体がいちばん。「自然」を追いかけすぎて自然体でなくなってしまう、なんてことは、案外現代のお産にありがちだと思う。でも、そういう自分も受け入れて、自然体でしか付き合いようのない子どもと一緒に、母も大きくなっていくんだよね。 妊娠中、何かしら不安になったり困ったりしたとき、「こういう考え方もあるんだな」と、気楽に読んでもらえたうれしい。 2011年 06月 01日
畑直送野菜、続き。
今回いちばん手を焼いたのがこれ。バナナの花である。 ![]() ウブドのホテルで食べたバナナの花のサラダがとてもおいしかったので、あんなふうに料理してみようと思って取り寄せたのだ。しかし、結局食べることができなかった。とにかくアクが強い。物の本によると、タケノコのように回りの皮(苞葉)をはずし、真ん中のクリーム色の部分を食べる、とあるのだが、酢水につけても、ゆでて水にさらしても、ぴりぴりとした刺激があって食べられない。うーむ、どうすればいいのだろう。 それにしても、バナナの花をじっくりと見るなんてこれが初めてだ。1枚苞葉をむくたびに、小さなバナナのようなものが出てくる。「バナナの花」と書いたけれども、本当の花(つぼみ)はこの部分らしい。赤紫色の苞葉は、タケノコと同じように、器として利用できる。敷いたり包んだり、そして真ん中の筋でカゴまで編めるバナナの葉と組み合わせれば、かなり万能の器になる。 ![]() こちらは、ウブドのあるイベントで使われていたバナナリーフの皿。紙皿よりずっといい!編んである下のカゴがバナナの葉かどうかは不明。 2011年 05月 27日
シンガポールの畑直送野菜、2回目。なぜか手ごわい野菜ばかり。楽しみにしていたカイラン(アブラナ科の野菜)も、今回はなし。というのも、朝「カイランがないからワイルドバヤムでいい?」という電話がかかってきて、どんな野菜か知らないけどまあいいや、とOKしたのだ。が、届いたのは小さな小さな根っこつきの葉っぱ!
![]() さくっと検索したところ、バヤム(Bayam)はどうやらひゆ菜(スベリヒユ)らしい。けれども、つくばでいただいたスベリヒユとは違う。ちょっぴりクセがあるので、ニンニク炒めにしてみたら、それなりにおいしく食べられた。しかし、根っこをとる作業はなんとも煩わしい。こんなに小さい葉、摘むのもたいへんだろう。そういえば、つくばでも「ひゆ菜はすぐに生えてくる、農家泣かせの雑草でもある」と聞いたっけ。しかも「wild」ということは・・・(笑) 予想外のものが食べられること。これも産地直送の楽しみのひとつ、ではある。 2011年 05月 13日
気がつけば、5月半ば。この間、ずいぶんいろんなことを考えた。でも、何をどれだけ考えていても、欠かせないのは「食べること」。毎日毎日、何かしら食べている。食べることにぐっと気持ちが向くときもあれば、何を食べているか分からないようなときもあるけれど、とにかく、食べている。
千葉の野菜が届かなくなってから、新鮮な野菜を食べる機会がぐっと減った。これはかなりさびしい。ウェットマーケットなら、スーパーより新鮮な野菜が手に入ることは分かっているのだが、あまり便利でない場所にあるので、そうは足を運べない。 どうしたものか……と思っていた矢先、野菜の宅配を行うシンガポールの農家があることを知る。注文表を見ると、食べたことのないローカル野菜がたくさん!これは楽しいかも。 ![]() どの野菜も、さっきまで畑にいました、というような状態で届く。ありんこも一緒だ。葉物はけっこうな虫食い状態で、薹が立っているものもある。なんだか一昔前の日本の有機野菜みたいだな。でも、お湯に放したとたん、スーパーの野菜とは全く違うことに気づいた。ゆで上がりの色が本当にきれいなのだ。ちゃんと野菜らしい香りもある。新鮮って、こういうことなんだなあ。薹立ちしていても固いわけではなく、むしろ、適度な歯ごたえでおいしい。煮浸しにしてあっという間に食べてしまった。 葉物以外は種類も少なく、欠品も多いので、この宅配に頼りっきりというわけにはいかないけれど、トーチジンジャー(生姜の花)やバイチャップルー(マレー語ではDaun Kadutというらしい)、バナナの花など、「使ってみたい食材」が安く手に入るのはいい。また取り寄せてみよう。 2011年 03月 29日
シンガポールでできること、そんなに多くはないけれど、今日もきのうもおとといも、毎日この島全体が日本を応援している。それにしても、日本人はなんて繊細な舌、そして器用な手先を持っているんだろう。急に話が決まって、販売するケーキやら巻きずしやらを持ち寄っても、みんなちゃんとおいしい。今日おじゃました、miyoさん&Chikaさん主催のチャリティでいただいたそば飯おにぎりとたこ焼きも、なんとも気持ち和むおいしさ。たくさんの赤ちゃんや妊婦さんの笑顔もうれしい。
チャリティイベントのことを、私は今まで少し誤解していたかもしれない。学生主催ならもちろん納得、けれども、経済力のある大人なら、直接義援金を集めるほうが効率的な気がしていたのだ。でも、違う。人のエネルギーがあってこそお金も集まるのだということ、そして、チャリティはやる側をも元気にしてくれるのだということを、今回しみじみ感じている。それに、募金と違って、チャリティで買うもの、食べるものは、個人消費の一環。どこでお金を使うかの違いだけだから、何回でも参加できる。そこで新たな出会いがあったりして、ご縁が広がっていくのもいい。 ![]() プロフェショナルな人たちもどんどん動いている。日本人会のチャリティバザーで購入したカップケーキがあまりにもおいしくて驚いたのだが、これは西山さんというお菓子の先生が生徒さんと焼いたものだそう。パッケージもなんてかわいいんだろう。 ![]() シンガポールのナイトスポットであるボートキーでは、先週末、日系イタリアンレストラン、ル・オペレッタの呼びかけでチャリティイベントが行われた。こちらでいただいたナポリピッツァには絶句。こんなにおいしいピッツァがシンガポールで食べられることを、うかつにも知らなかった私。 「おいしい」は人を笑顔にする。笑顔は笑顔を呼び、エネルギーを生み出す。さあ、私もできることをがんばろう。そして、ちょっぴりそっちのけになっていた仕事も、ちゃんと前に進めよう。 2011年 03月 27日
シンガポールのスーパーの棚から関東産の野菜が消えた。東京や埼玉、神奈川などの生産物が輸入停止になったためだ。個人で取り寄せていた千葉の野菜も、先週から届かなくなってしまった。こんなときだからこそ取り寄せて食べたいと思い、販売元に電話をかけたのだが、「独自検査を行っているシンガポールで、もし、汚染された野菜がみつかってニュースになったら、それこそ生産者に大きな打撃を与える」という理由で、出荷を見合わせたという。また、「安全と言い切れない野菜を出荷することはできない」とも。農薬と違って、生産者さえ自分の野菜が安全かどうか把握できないとは、なんて切ないのだろう。
自給率が限りなくゼロに近いシンガポールでは、野菜のほとんどが海外からやってくる。世界のどの地域より人気が高いのが日本の野菜。日系以外のスーパーでもたいてい「日本野菜」コーナーがあり、高くても買っていく人は多い。それだけおいしいからだ。野菜や果物ばかりではない。魚介類や肉類も日本産は特別扱い。去年、口蹄疫による豚肉と牛肉の輸入停止があったが、その解除が数年前より早くなったのは、「一度あのおいしさを知ると、他は買えないというシンガポーリアンが増えたから」という話も聞いたことがある。そんなシンガポールだから、福島や茨城や群馬など関東近県から、またおいしい野菜が届くのをみんな心待ちにしている。 ![]() 東京では「水問題」も発生して、食を取り巻く環境はさらに厳しくなっている様子。私が今東京にいたら、どんな行動をとっていただろうか。……正直、分からない。けれども、こういう考え方だけは忘れたくないなあと思った。「リスクコミュニケーションの前提議論」。 「体にいい・悪い」という話をするとき、「どのくらい」という部分はとても大切。それから、たとえ「7割の人に問題が起こる」ことでも、自分がその7割に入るかどうかはまた別の話。とすれば、これを食べたらもうダメとか、これさえ食べていればいいとか、そういうふうに考えてストレスをためこむのはいちばんよくない気が。当事者でない私が今こんなことを言ってはいけないのだろうけれど。 毎日のように不安要素が増えたり、きのうまで当たり前にあったものが手に入らなくなったり。そういう毎日がいかにストレスフルなことか。誰かと比べたりするのではなくて、自分本位に「疲れたー」「もうやだー」とワガママ言える場所が、どんな人にもありますように。
|