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2012年 04月 06日
水で戻した緑豆とレンズ豆にクミンなどのスパイスを加えてグラインダーにかけ、みじん切りの玉ネギ、つなぎの卵少々、塩を加えて揚げたもの。かれこれ20年ほど作り続けている料理だ。
![]() きっかけはエジプト料理、だったのである。80年代終わりか90年のはじめくらい、東京にある各国レストランのレシピをまとめた「ぴあ」のムック(当時はかなり画期的だった)に、「ターメイヤ」なる豆の揚げ物が載っていた。当時まだあまり使い慣れていなかったクミンやコリアンダーなどのスパイスを買ってきて、それらしきものを作ってみたのだが、肝心の豆がうまくつぶれず、かなり粗びきの揚げ物に。 のちにターメイヤとはファラフェルとほぼ同じものであることを知る。そして、そのなめらかな味わいに驚くことになるのだが、それはそれ、これはこれ。ファラフェルは大好き。でもこの揚げ物もクリスピーでなかなかおいしい。今日は、いつも入れるニラのかわりに香菜とグリーンチリを。 2012年 04月 02日
友人親子が来星し、濃い3日間を送る。おいしいもの好きの彼女に、私が気に入っているシンガポールのごはんを全部食べさせたくて、あちこち連れ回す。日本では食べられないものを、同じような味に偏らないように・・といろいろ考えていたら、なんと純粋な中華には一回も行っていないことに気づいた。シンガポールに来て中華を食べないで帰る人は、かなり珍しいだろうな(ごめんなさいAさん)。
![]() 中日の夜は、こちらの友人一家も交えてタイ料理店で。写真はミヤンカム。いつかバンコクで食べ、すっかり気に入ってしまった一品。 気が合う友人同士を引き合わせるのは楽しい。想像した以上に盛り上がり、平日だというのにかなり遅い時間まで付き合わせてしまった。 2012年 03月 25日
「インドジュズの花が咲いていますよ!」と、友人よりメールがあり、さっそくシンガポール植物園へ。このところの暑さで足が遠のいていたが、我が家からはバスで2〜3分、思い立ったらすぐ行ける距離にある(中は広くてけっこう歩くのだが)。
インドジュズの実の種は、インドでは数珠やお守りとしてよく使われる。別名ルドラクシャ。「シヴァの涙」という意味だそうだ。拾った実を水に一晩浸けて柔らかくし、種を取り出してアクセサリーに加工している人も多い。私も何度か試してみたのだが、取りだした種の穴を楊枝でキレイにしなければならないのが、ちょっと面倒。ズボラな私には向いていないようだ。それでも何度も拾ってしまうのは、この実があまりにも美しいから。 ![]() 青く輝く実、赤い葉、そして残念ながらこの日みつけることができなかった花は、可憐な白。昔の人たちがお守りにしたくなった気持ちもよく分かる。 植物園に行ったら、前記事に書いた「胖大海」の樹も探そうと思っていたのに・・忘れてしまった。薬草園近辺ももう少しで工事が終わるらしい。また来よう。 2012年 03月 22日
2週間ほど前、知人に誘われて「十勝ナイト」なるイベントに参加。これが、ため息が出るほどおいしい食事会だった。とにかく、食材がいい。海の幸はもちろんなのだが、ニッポンの味がするじゃがいも、ゴボウ、百合根、そして香りのよい豆類などに感動してしばし無言になるほど。そして、メインの十勝牛、これがまたすばらしかった。私はもともと牛肉好きではなく、さらに、シンガポールのスーパーに出回るオーストラリアやニュージーランドの肉はどうも香りが苦手。牛肉はもう一生食べなくてもいいかな、くらいに思っていたのだが、この十勝牛だけは別!と思ってしまった。
何よりうれしかったのは、生産者の方々とお会いし、じっくり話ができたこと。作り手の愛が料理する側に伝わり、また食べる人へと伝播していく。食べるって、そういうことなんだとあらためて思う。 ![]() 新鮮な北の海のホッキ貝を、常夏のシンガポールで。このお料理の添え物でちょっと驚いたのが、右端にちらっと写っている黒い海藻のようなもの。なんと、胖大海(莫大海)だという。胖大海といえば、空咳や声がれ、のどの痛みなどに使われる生薬。日本で食材としてみかけたことは一度もない。驚いてちょっと調べてみたところ、「刺身のつまや懐石料理の酢の物、寒天寄せなどに用いる」というwikiの記事があっさりみつかってしまった。知らなかったー。 胖大海(はんだいかい)はアオギリ科のピンポン属植物の種。シンガポール植物園にも木があるらしい。今度探しに行って見よう。 2012年 02月 09日
シンガポール生活も3年半になるけれど、まだまだ未経験の果物も多い。例えば「チク」という果物。来星したばかりのころに一度買ったことがあるのだが、渋抜きをしていない渋柿のようでとても食べられたものではなかった。あとで、追熟すればおいしくなると知ったのだが、なんとなく手が伸ばせずにいた。
今日、スーパーで柔らかく熟したチクをみつけたので、ちょっと冒険。 ![]() 外側はまるでじゃがいもなのだけれど、ナイフを入れたらこんなキレイな果肉が。やはりちょっと柿に似ているかな。恐る恐る一口かじると・・甘い!かなり濃い甘さだ。サトウキビのような味、といえばいいだろうか。 チクの木は英語でチューインガムツリー。その昔、チクの樹皮から取れる乳液を煮詰めてチューインガムの材料にしていたらしい。なんだか不思議な果物、である。 2012年 02月 09日
シンガポールに遊びにきた友人が「南国のフルーツが毎日食べられるなんてうらやましい!」と言う。確かに、日本では数えるほどしか買ったことがないマンゴーや、果物の女王マンゴスチンなどが、ほぼ1年中安く手に入るのが最初はうれしかった。けれど、とろりと濃厚な果物というのは、そう毎日食べられるものではない。果物にも私なりのハレとケみたいな分類があって、ふだんはリンゴとかみかんとか梨とか、さっぱりした果物がいいなあ、と思う。
そういう意味で気に入っているのは、これ。 ![]() パッションフルーツ。酸味が強いけど、ほどよく熟したものは甘味も十分。何よりさわやかな香りが好き。 2012年 01月 03日
12月はとにかく雨が多かったシンガポール。新年を迎えるちょっと前からようやく天気が安定してきた。まだ雨期なのだけれど、晴れると案外からっとしている。そして、それほど暑くはならない。木陰で一日中読書でもしていたい、そんな気持ちのよい季節。
が、お正月をのんびりと過ごすためには、年末の仕込みが必要。涼しいといってもお節をまとめて作る気候ではないので、そこはもう割り切るしかない。今年は、年に1回くらい作らないと忘れてしまいそうな料理を毎日ちょっとずつ作ってみることにした。きのうは黒豆、今日はお雑煮、明日は伊達巻・・という具合。なんだか「練習」みたいだな。 ![]() 元旦の夕食は、夫の実家に倣って2年続けて手巻き寿司にしていたけれど、今年はちょっと趣向を変えて太巻きと葱鮪鍋という取り合わせに。うん、なかなかいい。太巻きは、こちらに来てからよく作るようになり、かなり手早く巻けるになった。が・・慢心はよくないな。今日は巻きが緩すぎて切りにくい。中身はかなりシンプルで、味をしっかりつけるのはかんぴょうと椎茸だけ(しかも今回は干し椎茸を切らしてしまって入れていない)。酢飯の合わせ酢は、赤ワインビネガーと塩できりっと仕上げるのが最近のお気に入り。ごはんが真っ白ではなくてほんのりピンク色になるけれど、気にしない。 何はともあれ、2012年もどうぞよろしくお願いいたします。 2011年 12月 29日
今年は、料理をあまり作らない年だった。ブログを頻繁に更新しなかったのも、たぶんそのせい。「食」に気持ちが行かなかった理由はいろいろだけれど、ひとつ考えられるのは、料理ゴコロをくすぐる食材との出合いが少なかったからだと思う。
もちろん、食材に多少難があったって、工夫次第でおいしい料理は作れる、とは思う。でも、そのためには、かなり「がんばる」必要がある。なんとなく手間ひまかけて料理を作る気になれなかったのだな、今年は。まあ、まじめにだいどころに立たない分、他のことで忙しくも充実していたわけなので、それはそれでよしとする。 そんな年の暮れの、うれしい出来事。 ![]() なんと、シンガポールに日本のお米屋さんができた。届いたお米は新米、そして精米日は前日。「割れ米が多いと、しゃもじに飯粒がつく」と、夏の帰国時に友人に連れられて行った和食やさんに教えてもらったばかりだが、なるほどこのお米、炊いたばかりならしゃもじが全くべたつかない。扱いは、北海道の「ゆめぴりか」と「ななつぼし」のみ。私が気に入ったのはななつぼしのほうだ。冷めてもおいしい。甘いけれども、甘すぎない。比較的あっさりしているので、南国の気候にも合う。そして、後ろめたい気持ちにならずに済む価格設定(日本で食べていたお米の値段とほとんど変わらない!)。分づきも選べるし、生ぬかもおまけにつけてくれるといううれしいサービスも。 そしてもうひとつ。メゾン・ド・カイザーがやってきた。来星した3年前に比べれば、おいしいパンやさんはずいぶん増えたけれど、それでも求めているものとはやっぱりどこかが違う・・・ということを、ここのパンを食べて実感。もうすぐPAULも上陸、楽しくなりそうだ。 一口目に「うまい!」と思えるものは、シンガポールにあふれているけれど、家で毎日食べたいのは、スッキリとした後味を持つ料理。穀類好きの私、この米とパンの登場にかなり気持ちが盛り上がっている。来年は、きっと今年よりおいしい料理が作れる・・はず。 2011年 09月 23日
先月、ペナンの本橋先生が来星。アジア文明博物館で開催されている兵馬俑展に行き、秦の始皇帝の健康おたくっぷりを語り合う(というよりあれこれ教えてもらう)。楽しすぎる!
始皇帝は、とにかく長生きがしたかった。というより、ずっと生きていたかった。だから、方士と呼ばれる人たちに不老不死の薬を探させたり、朝露を集めて飲むという健康法にはまったり。けれども、その努力の甲斐なく50歳で命尽きる。仙薬のひとつとして服用していた水銀が始皇帝の命を縮めたとか、熱病にかかったとか、いろいろな説があるようだけれど、本当のところは分かっていない。地方への巡幸のさなかというから、もしかすると過労による突然死?などと思ってみたりする。始皇帝はまだ驪山のふもとに眠っている。そのお墓がいつか掘り返されることがあれば、死因が分かる日がくるかもしれない。 ふと、2200年前の食生活に思いを馳せる。始皇帝は、毎日どんなものを食べていたのだろう? 副葬品は兵や馬だけではなく、お魚をくわえた水鳥だとか、エンターテイナーの俑などもあるのに、豪奢な宴を思わせる副葬品はまったくない。始皇帝は食べることにはあまり興味がなかったとみえる。とはいえ、毎日何かしら食べてはいたはず。なぜ、そんなことを考えたかというと・・ ![]() にんにく、である。「蒜頭壺」なる、にんにく型の青銅器の壺があるのだ。あれ?にんにくって漢の時代にシルクロードを通って西から伝わってきたんじゃなかったっけ? かなり本筋から離れていると思いつつ、ちょこっと調べてみる。分球していない小蒜(ノビルのようなものだろうか)は中国に自生していたようだが、分球形のにんにく(大蒜)はやはり漢の時代に中国にもたらされた様子。とすると、これはにんにくに似て非なるもの??それとも、秦は比較的西のほうの民族だから、中国に本格的ににんにくがやってくる前に、それこそ「元気になる食べもの」として重宝されていたのだろうか……。にんにくは謎のままだが、今回の展示で分かったことがひとつ。始皇帝は、中華鍋で炒めたような料理は食べていなかった、ということ。秦の時代はちょうど青銅器から鉄へと変わる時代。鉄はまだまだ貴重品で、金と同じくらい高値で取引されていたという。今私たちが思い浮かべる「中華料理」とは、ずいぶん違うものを食べていたのだろうなあ。 ▼兵馬俑展 ※10月16日まで 場所 :アジア文明博物館2F特別展示場(1 Empress Place) ※ラッフルズプレイスの駅から徒歩5分。 日本語ガイド :火~金の13:00~(10月14日まで) ただいま、フラトンホテルとのこんなコラボも。「兵馬俑展開催中、アジア文明博物館のチケット購入レシートで、フラトンホテルのレストランが20%OFF」。これはかなりお得。 2011年 08月 10日
一時帰国中、会津の親戚を訪ねた。磐越西線に揺られながら見る田園風景は、神々しいまでに美しい。おいしいそば、とれたての柔らかなとうもろこし。心がぽっと温かくなる会津弁、虫とたわむれる子どもたち……。愛する土地とともに暮らす人たちは、どうしてこんなに強くてやさしいんだろう。
東京に住んでいたころ、亡くなった会津のおじがいつも桃を送ってくれていた。「かたいうちにどんどん食べて」と言われ、桃は柔らかいものと思っていた私はびっくり。齧るとカリッと音がするほどなのに、とても甘い。柔らかい桃とはまた別のみずみずしさがあり、一度食べたらやみつきになるおいしさ。 秋になると、今度は焼酎で渋抜きした「見知らず柿」が届く。この柿のおいしさも格別だ。そして、お米。家のすぐ近くの田んぼでとれた、特別おいしいお米を送ってくれるので、おかわりが止まらなくて困ったっけ。寒くなると、今度はリンゴ。蜜がたっぷり、でも酸味もちゃんとある、大好きな大好きな会津のリンゴ。 結婚してから、どれだけ会津の食べものに世話になってきたことだろう。食材だけではなくて、会津料理も義母にたくさん教わった。ぜんまいの煮物、小づゆ、芋煮、おまんじゅうのてんぷら。菊花の酢の物、青菜のくるみ和え、ほそたけのみそ汁。三五八漬けも忘れちゃいけない。 ![]() 同じきゅうりの漬物でも、ぬか漬けはキリリとした味わい、三五八漬けはまあるくてたおやかな味。どちらも甲乙つけがたい。麹で米を発酵させて床にするなんて、米どころならではの漬物だ。 どうか会津のお米が、今年も無事収穫できますように。
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